和菓子のあゆみ

茶菓子が生まれた、日本の菓子の現代まで歩んできた経路をたずねると、祖先の人たちが食べていたものは、草や木の実などを主としていたことが伝えられています。


それは山野に自生したつる草の実であるえびつるやその他自然の草木類から無毒の実を採っていたものです。


その後、楊梅子・栗・柿・桃・梅の果実類が、インド・中国・朝鮮などから伝わり栽培され、果実に対する好みも次第に発達してきました。


まず菓子の「菓」は木の実で、「菰」は草の実。


これをまとめて「木菓子」といったり菓菰類ともいったりしています。


『和名抄菓類』には、


菓菰唐韻云説文木上日ゾ果(字或作レ菓、日本紀私記云、古乃美、俗云久太毛乃)。


地上日菰(和名久佐久太毛乃)漢書注張曇旧有〆核日レ菓無μ核日レ菰。


応勧日木実日レ菓草実日レ繭云々


・・・と註して、石榴・梨子・栗子・桃子など、いわゆるくだもの類を挙げ、同書次に菓具類は核類で、桃の核・栗の刺・桃の脂を書き、今でも中国では西瓜の核を好んで食べます。


ティーバッグのお茶ともよく合いそうですよね。


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